「Pirates of the ・・・・.:パイレーツオブ・・・・。」
日々徒然

今日は何の日 5月31日
青峰忌(5月31日 記念日)
大正から昭和前期の俳人・嶋田青峰(しまだ せいほう)の1944年(昭和19年)の忌日。
嶋田青峰について
1882年(明治15年)3月8日、現在の三重県志摩市磯部町的矢に生まれる。
本名は賢平。
俳号の青峰は、故郷の山・青峰山(あおのみねさん、標高336m)に由来する。
早稲田大学英文科を卒業。
1908年(明治41年)に国民新聞社に入る。
「国民文学」の編集部員として高浜虚子の部下となる。
その後、後を継ぎ、国民文学部長となる。
その間、俳句雑誌『ホトトギス』の編集にあたり、池内たけし・篠原温亭・鈴木花蓑らと並び、活躍する。
1922年(大正11年)、篠原温亭と俳句雑誌『土上(どじょう)』を創刊。
温亭の没後にこれを主宰する。
1934年(昭和9年)頃より新興俳句運動に加わり革新的作風に転じる。
1941年(昭和16年)、新興俳句弾圧事件で検挙される。
留置場生活において肺結核が再発。
その後も病状が好転することなく、釈放から3年後に死去。
62歳。
主な句に「わが影や 冬の夜道を 面伏せて」「たゞ蟻の 為すまゝに蝶の 衰へる」「朝寒の この道を行く つとめ哉」など。
著作に『青峰集』(1925年)、『子規・紅葉・緑雨』(1935年)、『俳句の作り方』(1936年)などがある。

( ノ゚Д゚)おはようございます、月日の立つのは早いモノで今年も、もう半分経過、「令和」に為ってからも、既にひと月経過しましたね。
今週もリフォームの後片付けをしていたら、あっと言う間の金曜日、今夜の週末の晩酌を楽しみにブログ更新です。




今日の気に為る話題は此方です。
不明の1人死亡確認=千葉沖貨物船衝突-海保
時事ドットコムニュース>社会>不明の1人死亡確認=千葉沖貨物船衝突-海保 2019年05月30日18時45分
千葉県銚子市の犬吠埼沖合で貨物船同士が衝突した事故で、海上保安庁は30日、沈没した船の機関長室から乗組員とみられる男性を発見、巡視船で銚子港に搬送したが、死亡が確認された。
第3管区海上保安本部によると、見つかったのは行方不明だった秋田市の機関長、瀬野博さん(69)。
30日午後1時すぎ、潜水士が沈没船周辺の海底を捜索中、機関長室の窓越しに体の一部を確認。
同2時半ごろ、海水で満たされた室内で男性を発見した。
残る行方不明者は愛媛県今治市の一等機関士、馬越才五さん(67)。
海保は29日、機関長室を含む船内の捜索を終了し、今後は現場周辺の海面や海底を中心に捜索を続けると発表していたが、今回の発見を受け船内の捜索を再開する。

芭蕉俳句: この種と思ひこなさじ唐辛子 (このたねと おもいこなさじ とうがらし)
時代背景&解説: 元禄3年2月。
伊賀上野で。
この句と、「春雨や二葉に萌ゆる茄子種」、「種芋や花の盛りに売り歩く」を併せて三草<みくさ>(芋・唐辛子・茄子)の句はいずれも伊賀上野での作。
この句は生家での作。
「思ひこなす」は、あなどるの意。
たしかに、唐辛子の実はちっぽけで、これを播く時には直接畠にまかず、箱などの小さな床を作ってここに播き、数センチに成長した苗になってから畑に移植する。
それが秋になればぴりっと小粒で辛い南蛮になる。




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