「Good Morning Japan on Sunday.:( ノ゚Д゚)おはようございます、日本の日曜日に。」
日々徒然


今日は何の日 6月2日
路地の日(6月2日 記念日)
歴史と文化の町・長野県下諏訪町の「路地を歩く会」が、路地の良さを見直そうと制定。
日付は「ろ(6)じ(2)」(路地)と読む語呂合わせから。
同会は、かけがえのない路地を愛し、その風情を楽しみ、いつまでも残していこうと活動を続けている。
記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
路地とは、密集市街地に形成される狭い道のこと。
下諏訪町は、かつては中山道、甲州街道が分岐する宿場として栄えていて、裏道や路地が多い町である。
グッドモーニングアメリカ
妙に印象的だった青春時代に放映された映画のオープニングの一言「グッドモーニング,ベトナム」を、即思い出せずに「グッドモーニングアメリカ」と打ち間違えて、リンク先を二転三転しました。
なぜかバブル崩壊後の後遺症の様な事件・事故に連日悩される、今の「日本社会」が、「ベトナム戦争」当時の「アメリカ社会」と重なって見えたので・・・・・此れもブログの醍醐味か?!
グッドモーニング,ベトナム

( ノ゚Д゚)おはようございます、2019年ももう6月に、くどいかもしれませんが、2019年も後半に突入、未だに「令和」元年を感じる事は少なく・・・・・年末辺りのテレビの特番にて実感するのでは、と思っています。
多少、時間の経過に不感症気味の自分に、嫌気がさしつつも自嘲気味に、地道にブログ更新です。
やれ「5G」の時代だ、「ファーウェイ」差別だ、と騒がしい日本のマスコミ、日本社会にかっての日本人の美徳である「自制・自省・自重・自嘲」の4G(自)さえ存在しない今の日本社会に、煽り過ぎだとも思いますが?!
えΣ(゚д゚|||)、「自嘲」は美徳じゃない?!
田舎ですから大都市部と同じ通信料金を払いながらも、郊外では4Gどころか半分ぐらい3Gの場合もあるので何卒御了承下さい。






今日の気に為る話題は此方です。
無人運行の横浜「シーサイドライン」逆走、15人けが
6人が骨折などの重傷
社会 日本経済新聞社 (2019/6/1 21:54 (2019/6/2 1:06更新)

「金沢シーサイドライン」の新杉田駅で逆走した車両(1日午後、横浜市磯子区)=共同
1日午後8時15分ごろ、横浜市を走る新交通システム「シーサイドライン」の新杉田駅(同市磯子区)で無人運転の車両が逆走し、車止めに衝突する事故が起きた。
神奈川県警磯子署によると乗客15人が負傷、うち6人が骨折などの重傷で、いずれも命に別条はない。
同署は詳しい事故の状況を調べ、業務上過失傷害容疑を視野に捜査する。
車両はコンピューター制御の自動運転で、運輸安全委員会は同日、鉄道事故調査官を派遣し、事故当時の運行システムの作動状況などを調べる。
国土交通省の担当者によると、新交通システムの逆走事故は過去に例がないとみられるという。
同署や運営会社によると、事故が起きたのは新杉田発並木中央行きの5両編成の車両で時速約6キロで約25メートルを逆走し、駅構内の車止めに衝突した。
当時、車内に約30人が乗っていたという。
事故後、駅には救急車が次々と駆けつけ、一時騒然とした。
担架で運ばれる人が見られ、子どもの泣き声が響いた。
運営会社によると、全線運休となり、再開の見込みは立っていない。
運営会社の三上章彦社長は2日未明に記者会見し、「けがをした人が出たことを真摯におわびする」と謝罪し、「原因は調査中」と述べた。

新交通システムは鉄道とバスの中間の役割を担う輸送システムで、空港内でターミナル間を結ぶ交通網などとしても使われている。
専用軌道を走り、路面の交通状況に影響されない。
シーサイドラインは、新杉田駅から金沢八景駅(同市金沢区)まで約11キロを結び、1989年に開業した。


芭蕉俳句: 柴の戸に茶を木の葉掻く嵐かな (しばのとに ちゃをこのはかく あらしかな)
柴の戸
(延宝8年冬 37歳)
時代背景&解説: 九年の春秋*、市中に住み侘びて、居を深川のほとり*に移す。
「長安は古来名利の地、空手にして金なきものは行路難し」*と言ひけむ人の賢く覚えはべるは、この身の乏しきゆゑにや。
芭蕉は青雲の志を持って江戸に下り、ついに3年前、念願の俳諧師匠として立机したものの、この 文芸の世界も金と名誉欲の渦巻く俗世界そのもの。
絶望した芭蕉は、9年の江戸市中の生活を捨ててここ深川の草庵(後に芭蕉を植えて芭蕉庵となる)に隠棲してしまう。
その 折の、世間に対する決別の辞がこの一文。
この作品は芭蕉庵で書いたことが判明している。
なお、この深川隠棲については『幻住庵の記』も参照。
俳諧の世界も俗世間同様拝金主義が横行する名利の世界。
俗塵を廃してここ草庵に隠棲してみれば、茶を入れてくれようとてか、一塵の嵐が焚き付けにと木の葉を運んできてくれることよ。ここにばせをの署名が入るのは、版が後世のもののために生じた杜撰である。
この時点ではまだ「芭蕉」を名乗っていない。
この句は、『芭蕉翁真蹟拾遺』では、
冬月江上に居を移して寒を侘
ぶる茅舍の三句 其の一
なお、延宝8年には17句が現存する。
①九年の春秋:寛文12年,俳諧宗匠を志して江戸に下って丸9年を経過したこと。
②居を深川のほとり:現在の東京都江東区常盤1丁目3あたり。芭蕉稲荷神社になっている。
③「長安は古来名利の地、・・・」:白楽天の『白氏文集』の中「張山人の嵩陽に帰るを送る」からの引用。
長安の文人の金銭欲・名誉欲を嫌って嵩陽に帰る張山人への惜別の詩。








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