「It takes two to tango. :どっちもどっちだ/喧嘩両成敗。」
東日本復興


今日は何の日 6月25日
住宅デー(6月25日 記念日)
1978年(昭和53年)に全国建設労働組合総連合が制定。
この日はスペインの建築家アントニオ・ガウディの1852年の誕生日。
職人の腕と信用を地域の人たちに再認識してもらう日。
制定当時は高度成長による住宅建設ブームで、職人さんをめぐるトラブルもたくさんあった。
そのため、町の大工や左官屋など職人の腕をPRするために制定された。

( ノ゚Д゚)おはようございます、日曜日にはNHK大河ドラマ「いだてん オリムピック噺」の第1部が終わり、また先週「東京2020オリンピック」観戦チケットの公式当選発表がありましたね。
遅ればせながら週末、静岡県の各ローカルテレビ局でも、街行く人達に「東京2020オリンピック」観戦チケットの当落選を街頭インタヴューしてましたけど、兎に角、観戦チケット当選者数が少なかったのが印象的でした。
あくまでも一例ですが、高校に一人みたいな、いくらなんでも少な過ぎてΣ(゚д゚|||)驚きました。
まぁ厳密に調べたら、もっと多くいるんだろうとは思いますけど。
ただしオリンピック観戦チケット当選発表から5日も経過しているのに、私の周りの知人からは、「東京2020オリンピック」観戦チケット当選報告は皆無、更にSNSの知人に広げて探しても、3名ほど、SNS知人(FacebookやInstagram、Twitterにblog等分母を大きくすれば500名くらいにはなるのですが一応、正確性を期すためにTwitterのフォロー数300から実働アカウントの)総数200名としても、先日の「日刊スポーツ」の社内アンケートでの当選確率(確か2.95%)の半分くらいの1.5%ぐらいにしかなりません。
前回の「1964東京オリンピック」なら、観戦出来る人自体は、ほんの一部の人だったでしょうけど、今回はかなりの人々がオリンピックの観戦を希望する為だろうか?とも思います。

最近齢のせいなのか、ニュース報道に妙にイライラする事が多く感じるのは、報道姿勢に「It takes two to tango.:どっちもどっちだ」の視線が存在しない事が多い、一方的な浅い取材・報道が多いからではと、我ながらようやく気が付く御粗末さです。

私だけかも知れませんが、地元の「自動車ディーラー街」に結構点在する「ラーメン店」、特にお洒落な「外車ディーラー」の群れの中にある「ラーメン店」は、全国チェーン店でも何だか存在感が凄くありますね?!






今日の気に為る話題は此方です。
<いしのまき復興マラソン>温州市の選手団4度目の参加 走る日中交流息長く

友好都市の中国・温州市から参加したランナーたち=宮城県石巻市の市総合運動公園
石巻市で23日開かれた第5回いしのまき復興マラソン(石巻市、市体育協会、河北新報社など主催)に、友好都市の中国・温州市から4人の選手団が訪れた。
今年は友好都市締結35年の節目の年。両市で盛んな水産業を通して育まれた友情は東日本大震災の復興支援、マラソン交流へと広がり、さらに深みを増した。
温州市の選手団派遣は4回目。ハーフの部に出場し、沿道の声援を受けながらコースを駆け抜けた。
錢〓贇(せんばいいん)さん(55)は温州マラソン協会の会長を務め、地元の大会運営に携わる。
「石巻市民の応援は心がこもっていて情熱的。
ランナーの自信につながる」と感激した様子。
「部門ごとのコースの分け方など参考になる点がたくさんあった」と意欲的だった。
選手団長の黄玉梅(こうぎょくばい)さん(30)は女性30歳代の部で4位入賞を果たした。
「コース沿いの景色がきれいだった」と石巻の印象を語る。
レース中は予期せぬ出来事も。14キロすぎで倒れていた女性選手を発見した。
「大会には医療体制の整備が重要と感じた。彼女が無事であってほしい」と願った。
両市は経済分野の交流をきっかけに友好都市を結んだ。
震災では温州市や同市の市民団体が義援金を送り、復興を応援した。
温州市はマラソン人気が高い土地柄という。
錢さんは「マラソンを通じて石巻との交流をより深め、幅広い分野で交流人口を増やしていきたい」と両市の将来を展望した。
(注)ゲタは王へんに「牧」の旁
関連ページ:宮城スポーツ東北のスポーツ 2019年06月24日月曜日
時々感じる、日本語の漢字の危うさ?!



芭蕉俳句: 曙やまだ朔日にほととぎす (あけぼのは まだむらさきに ほととぎす)
元禄3年4月1日。
石山寺で紫式部が『源氏物語』を執筆したといわれている「源氏の間」を拝観した。
ただし、源氏の間のいわれは怪しく、観光用に言い伝えられたものである。
「曙」は言うまでもなく、清少納言の『枕草子』の「春は曙。やうやう白くなりゆく山ぎは少しあかりて、紫だちたる雲の、細くたなびきたる。」から取ったもの。
源氏の間を見ていると、まだ春の陽気が残っているものの、ちょうどホトトギスの声が聴かれて夏の到来を感ずることだ、というのである。
『源氏物語』ではなく『枕草子』を引用していたり、季節の記述が錯綜していたりしてすっきりした句とは言いがたい。









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